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【新・関西笑談】火を噴くアーティスト(2)現代美術作家 ヤノベケンジさん(産経新聞)

 ■転機はオウム事件と大震災 直感的にチェルノブイリが浮かんだ。

 --大学院時代には英国留学されてますが、どうでしたか

 ヤノベ 交換留学制度でロンドンにあるロイヤル・カレッジ・オブ・アートに短期留学しました。そしてナショナルギャラリーでゴッホの「ひまわり」を見たんですが、心の底から美しいと思った。教科書で見たときには何とも思わなかったのに。本物を前に絵の具の置き方を見た瞬間に感動がわき起こった。同時に、横で学校の授業で多くの子供たちも同じ絵を見たんですが、本物を見たこの子たちと、日本で教科書で同じ絵を見ていた自分との差に愕然(がくぜん)とした。美しいと思える体験は自分からオリジナルを求めないといけないと痛感した。そういった意味でいうと、自分のなかにあるドキドキ感は、アニメやSFなどのサブカルチャーにあると再認識したんです。

 --インスピレーションを得たわけですね

 ヤノベ 帰国後に、体験型彫刻作品「タンキング・マシーン」の制作にとりかかりました。これは、鑑賞者が瞑想(めいそう)できるタンクで外見は卵型で内部は体温と同じぐらいの2トンの生理的食塩水が入っている。このタンクのなかで自分を見つめ直すことができる。つまり母体内回帰が体験できる装置になっているんです。

 --それがデビュー作ですか

 ヤノベ 平成2年でした。この作品をきっかけに僕も自分を見つめ直し、同時にアーティストとして生まれ変わったといえる。

 --創作するうえで大きな壁にぶち当たることはなかったですか

 ヤノベ 大きな転機となったのは平成7年のオウム事件と阪神・淡路大震災です。オウム信者が起こした地下鉄サリン事件では、妄想世代の信者が人をあやめてしまう。僕も妄想をキーワードにしてやってきただけに、表現の限界を感じた。さらに震災をニュースで見て、「廃墟からのサバイバル(再生)」をかかげながら、生ぬるい美術館で作品を展示することはできないと思った。

 --どう解決したのですか

 ヤノベ デビュー後にベルリンに滞在した経験から、直感的にチェルノブイリの町が頭に浮かんだ。人がいなくなった都市にある遊園地に黄色の観覧車があると聞いて、そこへ行けば自分の中の何かが変わり、違う次元に行けると思いました。

 --町にはどうやって入ったのですか

 ヤノベ アメリカ人のフォトジャーナリストとともにウクライナ政府からの許可を得ました。1週間ほど滞在しましたが、想像とはまったく違った。原子炉から30キロ圏内は放射能濃度が高く、人が住むのは禁じられていたが、住み慣れた村に帰りたいとお年寄りたちが戻っていた。

 --現地ではどんな活動をしたのですか

 ヤノベ 放射能を感知する機能を持つ防護服のアトムスーツを着用して写真を撮影しました。「アトムスーツ・プロジェクト」というパフォーマンスだったんですが、歓迎する人、怒り出す人などさまざま。最も衝撃的だったのは3歳の子供との出会いだった。両親が離婚したために母と祖母と暮らしていた。それを見たときのやるせなさと人間が地球に対して冒した行為への憤りがわき起こった。それは自分に対しても同じで、写真をとって利用する表現者としての自分がいるという現実。ここの人たちの魂を利用しているのではないかという葛藤(かつとう)がつき回った。だが、啓示的な体験だった。ボディーブローのように効いて、その後の作品に大きな変化が起こったのは間違いない。(聞き手 今西和貴)

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